昔の御供所、今の御供所

昭和初期の御供所へタイムスリップ!

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御供所語り

万四郎神社前

  • 2011年04月18日
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あと2週間で博多どんたく。
そして御供所地区では博多松囃子がやってくるという事で、今回の写真は博多松囃子の写真をご紹介。

写真は昭和59年頃に撮影された一枚なので、今までの写真と違いカラーになっています(笑)。

撮影場所は御供所地区からは少し外れますが、下呉服町にある万四郎神社の前です。
稚児流の子ども達が、博多松囃子の衣装で写っており、楽しそうですね。

この万四郎神社、黒田藩の御用商人・伊藤小左衛門とその一族が奉られている神社です。
この伊藤小左衛門、「大阪では鴻池、博多では伊藤」と並び称せられた大富豪だったのですが、
1667(寛文7)年、黒田藩から国禁となっていた朝鮮への武器輸出が発覚し咎められ、家族、親族、番頭、手代、更には平戸や長崎などの一族郎党すべて捕らえられ、斬首や磔の刑に処せられたのです。
その中には、小左衛門の子供、5歳の三男・小四郎、四男・萬之助も入っており、それをを不憫に思った博多の人たちが祭ったのが始まりで、現在は商売繁盛、子供の息災の神として手厚く祀られています。なお、小左衛門の墓は御供所町の妙楽寺にあります。
(最近の研究では藩主の庇護が厚かった伊藤家への配慮により、小四郎と萬之助は他家に養子に出され、小左衛門の妻は下女とされた事が分かったそうですよ)

R0010198.JPG

この伊藤小左衛門の悲しいお話は、近松門左衛門の「博多小女郎浪枕(はかたこじょろうなみまくら)」として、今も語り継がれています。

ちなみに、この万四郎神社は博多祇園山笠ともちょっとした係わりが。
万四郎神社の境内には東流の倉庫があり、また昭和36年からスタートした集団山見せのスタート地点がこの万四郎神社前からでした。

撮影場所のご案内


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住所:福岡市博多区下呉服町1-28 [地図]

  • 2011年04月18日
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